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東京高等裁判所 平成6年(ラ)216号 決定

抗告人

株式会社沖縄大京

右代表者代表取締役

横山修二

右訴訟代理人弁護士

知花孝弘

相手方

伊藤政子

右訴訟代理人弁護士

久保田敏夫

主文

原決定を取り消す。

本件(東京地方裁判所平成五年ワ第一八〇〇八号損害賠償請求事件)を那覇地方裁判所に移送する。

抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消し、本件(東京地方裁判所平成五年ワ第一八〇〇八号損害賠償請求事件、以下「本件」という。)を那覇地方裁判所に移送する。」との裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙抗告状の「抗告の理由」に記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、売主欄に抗告人の記載があり、買主欄に相手方の記載がある平成三年六月二五日付け不動産売買契約書の第二二条には、「売主および買主は、本件契約について紛争が生じた場合は、那覇地方(簡易)裁判所を第一審の管轄裁判所とすることをあらかじめ合意するものとします。」という条項が存在することが認められるところ、右条項には「専属的」なる文言は記載されていないものの、契約当事者において、ことさらに右管轄の取り決めをした趣旨からすれば、右条項は、単に付加的な管轄の合意を規定したものに止まらず、右不動産売買契約についての紛争につき、専属的合意管轄を定めたものと解するのが相当である。

2  そこで、右の条項の「本件契約について紛争が生じた場合」とはいかなる場合をいうのかについて検討するに、本件契約にまつわる紛争につき、專属的合意管轄を定めた契約当事者の通常の意思解釈からすれば、それは、本件契約締結にいたる事情、契約成立の要件、契約の効力及びその発生要件、契約の消滅及び消滅後の精算、すなわち、契約成立の準備段階から契約消滅後の精算段階までの事柄について紛争が生じた場合をいうものと解するのが相当である。したがって、それは、具体的には、これらの事柄を基礎づける事実について紛争が生じた場合をいうものというべきである。

3  ところで、一件記録によれば、相手方は抗告人を被告として、本件において、相手方の抗告人に対する不法行為による損害賠償を主位的に請求している。そして、その請求原因は、抗告人が前記不動産売買契約を外形的に利用することにより、相手方を欺罔して、手付金名目で七〇〇万円を相手方からだまし取ったという抗告人の不法行為及び相手方のこれによる損害であることが明らかであるが、これらの事実は、相手方の主張が肯認されれば、もとより当事者間の本件売買契約の不存在を前提とした主張事実とはなるが、他方、これらの事実については、本件契約締結段階で授受された手付金名目の金員(その事実自体は当事者間に争いがない)が、本来的に手付金であったのか若しくは抗告人が相手方を騙して詐取した金員であったのかについて当事者間に争いがあり、その点で、まさしく当事者間に本件契約について紛争が生じたものであるといわねばならない。そうすると、前記2に説示したところによれば、右の事実についての紛争は、前記契約書第二二条が規定する「本件契約についての紛争」というべきである。

4  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく本件移送申立ては理由があり、本件は那覇地方裁判所に移送すべきであるから、これを却下した原決定を取消し、抗告費用はこれを相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官岩佐善巳 裁判官稲田輝明 裁判官平林慶一)

別紙抗告状

抗告の趣旨

一、原決定を取り消す。

二、東京地方裁判所平成五年(ワ)第一八〇〇八号損害賠償請求事件を、那覇地方裁判所に移送する。

との決定を求める。

抗告の理由

一、抗告人は、相手方が本訴を東京地方裁判所に提起したことに対して、本件売買契約には専属的合意管轄の定めがあることを理由に、那覇地方裁判所への移送を申立てた。前記決定は、右売買契約の合意管轄が専属的合意管轄であることは認めたものの、本訴が不法行為を理由にしていることからその専属的合意管轄の適用を否定して、抗告人の申立を却下した。

二、しかし、そもそも専属的合意管轄は、法が当事者意思を尊重して管轄の合意を適法とし、その意思どおりの法的効果を与えるものであって、裁判所とは無関係に当事者間で締結される訴訟法の合意(訴訟契約)である。

したがって、管轄についての合意の解釈は、通常の意思表示の解釈と同様に、両当事者の意思を合理的に解釈して決すべきであり、合意の対象となる訴訟の範囲についても、当該合意の規定の文言をもとに、両当事者の意思を合理的に解釈して判断すべきである。

三、本件においては、売買契約書中の「本件契約について紛争が生じた場合」という合意管轄の文言の解釈が問題となる。

この点、合意の対象となる訴訟の範囲を余りに狭く考え、本契約上の債務不履行を理由とする訴訟に限ると解することは、ことさら管轄について合意をした両当事者の意思に反する。反面、余りに広く考え、本契約締結に起因する事実的不法行為を理由とする訴訟をも含むと解することは、民事訴訟法二五条二項が合意の要件として「一定の法律関係に基づく訴に関」するものであることを要求して、訴訟の範囲を明らかにし、合意の対象となる訴訟がいかなる法律関係に関するものか予測できるようにして、被告の管轄の利益を保護しようとした趣旨を没却する。

したがって、「本契約について紛争が生じた場合」とは、本契約上の債務不履行の場合のみならず、本契約から生じた取引的な不法行為の場合も含むと解するのが相当と考える。

四、そこで本訴における相手方の請求原因が、本契約から生じた取引的な不法行為といえるかを検討する。

本訴の主位的請求原因は、抗告人が手付金を詐取しようと企て、相手方に融資先を斡旋すると欺罔して、前記不動産売買契約を締結したという不法行為を理由とするものである。

これは本契約締結の際に生じたものであって、まさに本契約から生じた取引的な不法行為といえる。

この点、前記決定は、右請求原因を「いわば契約そのものの不存在を前提とする請求」と判断している。しかし、それでは錯誤に基づく無効主張まで契約そのものの不存在を前提とする請求として合意管轄の範囲外とされかねないことになり、明らかに当事者の合理的意思に反し妥当でない。

なお、前記決定は「右売買契約から通常生じるべき取引的な不法行為」であればこの専属的合意管轄の適用を受けると解しているようである。ここにいう「通常」の意味は必ずしも明らかではないが、概ね、事実的不法行為と同視できるような取引的な不法行為を排除する趣旨と考えられる。

そして本訴における請求原因が、取引的不法行為にあたり、また事実的不法行為と同視できるような取引的な不法行為にあたらないことは明白であるから、前記決定はその認定を誤ったものといえる。

以上述べたとおり、本訴における相手方の請求原因は、本契約から生じうる取引的な不法行為といえ、本訴は右専属的合意管轄に基づき、那覇地方裁判所に提起されるべきであった。

五、さらに、本件内容自体について検討してみると相手方の請求原因は全く事実に反する。

1 抗告人は、相手方に本件マンションの購入を勧めたことはない。本件マンションは、相手方の夫が代表取締役をしている株式会社アイトーが抗告人から頭初購入した(以下元の契約という)。

同株式会社及び相手方のたっての申出により、同株式会社が買主となっているのを、相手方を買主とするよう買主の名義を同会社から相手方に変更した。

2 元の契約で抗告人は同会社から、手付金七〇〇万円を受領した。相手方が抗告人に対し、本件マンション売買契約手付金七〇〇万円を現実に支払ったとの相手方主張は、全くの虚偽である。抗告人は相手方からは本件マンション売買手付金を受領していない。元の契約で手付金七〇〇万円は同会社が支払ってあった。同会社の買主としての名義を相手方に変更しただけである。相手方の主位的な請求原因である不法行為による損害賠償請求は全く事実に反する。平成二年一二月一五日抗告人は、同会社から手付金として金七〇〇万円を受領していたので、相手方から同金額を受領する必要は全くなく又受領していない。

3 抗告人が相手方に「融資の目処がないのにそれを隠し、あたかも融資が得られる旨述べ、よって、手付金名義で金員を受領しようと企図し」などということがどうして、主張出来るのだろうか。

抗告人は、同会社から手付金七〇〇万円を受領していた。同会社は、不動産業を営む会社であるから、ローン融資の対象となる買主ではない。手付金を没収して契約を解除すれば済むことである。相手方に対し、ローン融資取付け等と言う理由も必要もない。抗告人と相手方間には、不法行為が成立する事実は全くない。

六、相手方は、合意管轄の適用を避けるために、ありもしない事実を主位的請求原因として不法行為を理由とするものをあげ、予備的請求原因として合意管轄の適用を受ける相手方が本来的に主張したい請求原因をあげることにより、容易に管轄に関する合意を潜脱することができることになってしまうのである。

七、よって、抗告の趣旨記載の裁判を求める。

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